山田洋次氏特別インタビュー

映画監督

山田 洋次

日本を代表する映画監督・山田洋次氏は、公募展木彫フォークアートおおや第1回(1994年)から第10回(2003年)までの審査員を務めました。

公募展実行委員会では、第11回公募展から新たに山田洋次記念賞を設け、山田監督との繋がりを大切にしてきました。

審査の思い出や印象的だったことはありますか?

山田監督

毎回驚くことばかりでした。発想が実にユニークで、しかもバラエティに富んでいる。まったく既成の形にとらわれていない、実に多様なんです。作られているもの一つ見るたびに驚きました。どうしてこんな彫刻をつくろうと思ったのかなぁと思うような作品ばかりでした。

山田監督が全作品の展示を提案されたと聞きましたが?

山田監督

みんな素晴らしいんです。だから入選作品だけ並べるのではなく、見る人にこの楽しみや豊かな発想を味わせてあげないといけないだろうと、優れた逸品を見るということだけではない、木彫にはそういうものとは違う面があるような気がしてしょうがないです。いろんな作品があるから素晴らしいというのかな。

木彫と映画、同じ作り手として感じたことはありますか?

山田監督

長い間、僕も生きてきたし、いろんな映画を見るわけですが、あんな映画をつくってみたいということがあります。いい意味でもあるけど、そうじゃなくてつい真似したくなっちゃうというかな。木彫の場合、応募してくる作品にはそういうのがほとんどなく、みんな実にオリジナルでユニークなんです。それは驚嘆すべきものです。その人の世界がそのまま木彫りになって表れているというかな、学びたい、学ばなきゃいけないと思います。

木彫フォークアートおおやの今後について

山田監督

「男はつらいよ」が29年ぐらい続いたかな、27年も続けたということはそれだけで値打ちがあることだから、ちゃんと足跡として残っているはずですよね。

僕と養父市とはフォークアートを通じて、随分長い間のお付き合いになってしまって、既にひとつの歴史になっています。僕自身の仕事もどれだけこの木彫によって刺激されてきたか、そのことは本当に分かっていただきたいと思います。そして、この木彫のコンクールがこれからもずっと続いて、どんどん発展していくように、日本的な、最終的には世界的なコンクールになっていくよう心から期待しています。

※この記事は、2021年11月にインタビューしたものです。